Fisher

いろんな人がいて、いろんな本を読んでいる。コーヒーと夜の散歩と伊藤計劃がだいすきな25才が、 あんな本や、こんな本を、紹介します。

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25歳のオールタイムベスト本 《30》

 

今週のお題「読書の秋」

(ちょうどいいかなとおもってお題もくっつけてみました。秋は読書ですね。冬も夏も、昼も夜も、いますぐじゃなくていい、十年二十年かけて、本をどうぞ)

 

25歳、四半世紀を生きてきました。

これからも、たくさんの本に出会えるのかな。考えるだけで、わくわくしてしまう。

 

 

30 ねこに未来はない

 

ねこに未来はない (角川文庫 緑 409-2)

ねこに未来はない (角川文庫 緑 409-2)

 

 

そこで、ぼくは、結婚していっとう最初の朝のいっとう最初の食事のまえに、「さあ、ぼくたち、いっしょうけんめいやろうねえ」という、やさしさと力づよさとが一本のコヨリのようによりあわさった堅固な言葉でふたりの感情をしっかりと綴(つづ)りあわせるべく、せいいっぱい意気ごんで、しかしじつにさりげなさそうに、「さあ、ぼくたち、いっしょうけんめいやろうねえ」といおうと、とうから決めていたのです。食事のまえの大事といいますからね。
ところが、「さあ、ぼくたちーー」といいかけたとたん、新品の奥さんもまた、手をふってぼくの言葉をさえぎり、「ねえ、わたしたちーー」といいかけたのです。
結婚してはじめての胸おどる朝食、目玉やき二コとつめたいミルクとやきたてのバタつきパンのおいしそうな匂いをまえにして、なりたてのほやほやのおいしそうな奥さんは、いったい何をいいだそうというのでしょうか? 「ねえ、わたしたち、幸福ね」というのでしょうか、それとも「ねえ、わたしたち、そろそろお食事にしましょうか」とでもいうのでしょうか?ーーいいえ、そのとき、ぼくの耳にとびこんできた言葉は、ききまちがいなんかじゃなく、そのどちらでもけっしてありませんでした。
とてもういういしげにほほえみながら彼女は、ほんとうにうれしそうな声で、こうぼくにいったのです、「ねえ、わたしたち、なによりもまず、ねこを飼いましょうね」

 

表現できるということを思い知らされたのでした。何百回読んでもまた初めから読み返してしまう。心地のよい沼です。

これ以上のしあわせならいりません。

 

29 夏への扉

 

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 SFには要素があり、要素が多い場合と少ない場合がありますが、「夏への扉」は多い要素がごちゃ混ぜにならずにひとつずつ展開されていきます。苦手な要素のパートで躓くひともいるかと思います。孤独な男が研究開発に打ち込むパートなど、退屈してもおかしくありません。名作と言われる作品にかぎらず、自分の好みを超越した言語《文学》によって作品をていねいに評価しなければならないと思いがちですが、そんなことはないのです。自分の好みによって、「おもしろかったな」「かなしくなっちゃったよ」「ただこの一文に出会えてよかった」、思っていい。

 

引用は「たったひとつの冴えたやりかた*1」より

 クリムヒーンはしらばくむ無言だ。それからたずねる。「しんじる・なにか?」
「信じる……」アッシュはまわりで渦巻く水がますます深くなるのに、鉛のように重い木ぎれしかつかまるものがないのを感じる。そして、クリムヒーンがなにか気をとられた感じで、銃口をこちらの頭に向けているのを、ぼんやりとさとる。ままよ。「信じるはーー

 

 だれのためでもなく本を読みたいです。だれかに答えるためでもなく。

 

28 盤上の夜

 

盤上の夜 (創元SF文庫)

盤上の夜 (創元SF文庫)

 

 

だれが書いたのでしょう。宮内悠介ではありません。言葉が、物語が、勝負が、一手、砂、肉体、執念が、日本語が、指が、盤、駒、夏の日が、この小説を書いたのです。「作者不明の本を読む」最高の読書でした。

 

27 グレート・ギャツビー

 

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)

 

 

「僕は三十歳になった」と僕は言った。「自分に嘘をついてそれを名誉と考えるには、五歳ばかり年を取りすぎている」

 

自分にはまだ早かったという気がしています。過剰に感じたのはおそらくだれかひとりに移入できなかったにもかかわらず、語り手に呑まれたからでしょう。どこかに立たなければならない、この足で。移入さえ肉体でしなければならないのです。読書はファッションではありません。身に纏ってみても中のわたしは改編されない。向かう先は領域、そこで立て。

 

26 ザ・ロード

 

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

 

 

こんなふうな小説を書きたい人が少なからずいて、まだだれも模倣を成功させていない一冊。

 

なんなの、パパ?
なんでもない。大丈夫だよ。寝なさい。
これからも大丈夫だよね、パパ?
ああ。大丈夫だ。
悪いことはなにも起こらないよね。
そのとおりだ。
ぼくたちは火を運んでるから。
そう。火を運んでるから。 

 

火が運ばれていくのかしら、いまもどこかで、言葉と呼ばれるミームにのせられて。

 

25 屍者の帝国

 

屍者の帝国 (河出文庫)

屍者の帝国 (河出文庫)

 

 

SF小説は試みですが、日本のSF小説は「試みの試み」の段階にまだいる。描き方が分からずに、語り方が定まらずに、なにより答を知る前に話し始めてしまっている。そこが魅力なのでしょう。もしもこの世界にバラードのSFしかなかったら、だれが、SF小説を書こうと思ったでしょう、読もうと思うでしょう。SFに限らず、小説は完成度ではないし、正答率でもない、あなたの頭の中にあるもの以上のものを小説が与えることはありません。気づかせるだけ、知らせるだけ。あるいはノック。言葉はあなたをノックして、あなたの知らないあなたを見つける。よく「自分にはとうてい思いつけないから夢なのだ」と言うけれど、どうかな。わたしは、わたしが知っているわたしの意識しか知らず、わたしはわたしの意識だけでできているのではないからわたしは生きのびていられるいま。過信しているのは世界に対してではなくて、あなた自身に対してなのかもしれません。意識が知らない場所で手招いているのはだれ。

 

「言葉は言葉を理解したりしない」
教授は笑いを堪(こら)える様子で、
「君はそれを、じかに言葉に訊(き)いてみたのかね」

 

24 ヨブ記

 

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

 

 

正体をおおまかにでも一部でも伝えられたらいいのですが役不足で、「ヨブ記」とはなんなのか言葉にできません。それができたらもっとたくさんのひとが本を読むだろうに、ヨブ記も読んでみようかなと思うだろうに、悔しいところです。

 

手持の聖書より引用*2

間違っているなら分からせてくれ
教えてくれれば口を閉ざそう。
率直な話のどこが困難なのか。
あなたたちの議論は何のための議論なのか。
言葉数が議論になると思うのか。
絶望した者の言うことを風にすぎないと思うのか。

 

23 K2憑かれた男たち

 

K2に憑かれた男たち (ヤマケイ文庫)

K2に憑かれた男たち (ヤマケイ文庫)

 

 

わくわく、どきどき、はらはら、ううう。溜息、呆れて、手に汗握る、呼吸忘れる。冒険活劇はこれ一冊で充分ほかにはなんにもいらない。

 

「こちらC5の赤松です。酸素不足で参っています。飲み物も食い物もありません。門田さん、あなたは私を殺す気ですか。どうぞ」
そのとたん、門田の声がテント内に響き渡った。
「死ねとはいいませんが、死ぬ気でやってください。赤松君、どうぞ」 

 

「ボクは、その、山という狭いことじゃなくて、何でも、女狂いでも、パチンコ狂いでもいいと思っているんです。もう、とにかく、自分というものを全部出せる、そういったやつに育てたいと思ってます。女でもかまわんですよ。もう、とにかく、惚れて惚れて惚れ抜くような性質にしたいですね。
山登りというのは、いまでも少し美化されて、いいことだ、いいことだというけど、それでパチンコならパチンコに狂うと、みんな、あんなものに狂いやがって、っていうでしょう。ところが、同じ金を注ぎ込んで楽しむんだったら、パチンコでも何でもかまわんのですよ。
で、ボクらが山に100万なら100万注ぎ込むでしょう。その金は回り回って、どんどん、どんどん膨れて、みんなが豊かになるんだもんね。そして、女の子なら女の子にでも100万の金を注ぎ込めば、その女の子がその金をドブに捨てるんでなければ、どんどん、どんどん回り回って、みんなが豊かになるんだからいいじゃないかと思ってますから、パチンコでも何でもいいんですよ。
ところが、一般的にはそうじゃにあ。ボクらが山に行くについて、ゼニ送ってくれというと、ボクの田舎の方でも送ってくるでしょう。これが、女にこれだけ、というと、絶対送ってこんわね。やっぱりそういうふうで、まあ、山登りは美化されてるんじゃないでしょうか。ボクらにはいいことだと思ってますけど」

 

22 重力と恩寵

 

重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)

重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫)

 

 

詩は表現の最後で、哲学は最後の書物なのでしょう。だれでも好きな本を好きなときに読めばいい。けれど、このふたつに関しては若い時分には避けた方がいい。少なくとも議論は自粛したい。わたしはまだ百冊の本も読んでいない。永遠に「百冊」には辿り着かない。その門をくぐるまで閉ざさなければならない口ならばあなたに捧げたかもしれない。寛容な世界がときどき心を潰していくのを見ると、悲しくなる。死に至ると分かっていてわたしたちは言葉を話さないではいられない。

 

どうか、わたしは消えて行けますように。今わたしに見られているものが、もはやわたしに見られるものではなくなることによって、完全に美しくなれますように。

 

「わたし」が消えても世界があると信じたひと。

 

21 太陽の塔

 

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

 

 

なんだか日本はちかごろ純文学に優しいようです。セックス、暴力、宗教、労働、肉、血、雨、夜、喜劇という魔法の言葉、それ以外の言葉、会話、会話、会話、ひとというレゴ。印刷されて、消費されていく、ベストセラー。リズムというやつはおもしろいですよね。隠喩、自慰。でもね、中村文則*3ばっかり読んでると、目、つぶれちゃう。観客多き生臭い丘をひとりスキップしていく青少年も必要です。好きになる予定はおよそなかったのに、村上春樹の路地裏*4よりも、彼の小路が思い出されてしまう、夜です。

 

20 悲しみよこんにちは

 

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

 

 

少女と少女と少女の話。本を読み返すには、読後の整理があらかたつけておく必要があって、ならば何度も読み返している「悲しみよこんにちは」には答を書き終えているのかしら、そうかもね。なぜだかいつも「魚のように」を思い出します。少女はパリへ、少年は川へ回帰する。

 

「魚のように*5」より

その草履は僕の前方一メートルくらいのところにあった。道の端で草と土とに埋もれかけながら、重苦しい存在感を放っていた。
僕はまだ硬直したままでいた。妙な言い方だが、様子を窺っていた。けれど持ち主が現れるのではないかとか、狐(きつね)や狸(たぬき)が僕をだますのではないかとか、そんなことを考えていたのではない。ただ僕はその草履を無視して先へ進むことができなかったのだ。

 

19 ゲド戦記

 

影との戦い―ゲド戦記〈1〉 (岩波少年文庫)

影との戦い―ゲド戦記〈1〉 (岩波少年文庫)

 

 

きれいすぎて悲しくなってしまうから日本のファンタジーはそばへ置いておけません。それでも、「図書館の魔女*6」マツリカのひたむきな眼差し、声が、いまの10代に届くことはほんとうにすてきなことだと思います。どんどん届け。

 

18 キャッチャー・イン・ザ・ライ

 

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)

 

 

好きな人は言う、サリンジャーサリンジャー、って。牽制してくる。本気で読め、覚悟しろ、すべてを投げ出し、捧げ、その価値に答えろ。怖いよね。転びかけた冬のつまさきを運ぶ風の欠片に流れてしまった前髪を追って空を見上げるように、ふと、だれでも、いつでも、出会っていい。読みます、なんて許可はいりません。読んでいると伝える必要はありません、読了の報告も要りません。感想文はあなたの心のなかですら書かなくていい。ただあなたに読んでもらいたくて書かれた小説です。

 

アックリーが出かける支度をするのに、だいたい五時間かかった。

 

待っている。

 

17 STONER

 

ストーナー

ストーナー

 

 

完璧な小説。そんなものはない。しかし、ある、ここに。

 

かの時節、わたしの中にきみが見るのは
黄色い葉が幾ひら、あるかなきかのさまで、
寒さに震える枝先に散り残り、
先日まで鳥たちが歌っていた廃墟の聖歌隊席で揺れるその時。
わたしの中にきみが見るのは、たそがれの
薄明かりが西の空に消え入ったあと
刻一刻と光が暗黒の夜に奪い去られ、
死の同胞(はらから)である眠りがすべてに休息の封をするその時。
わたしの中にきみが見るのは、余燼(じん)の輝きが、
灰と化した若き日の上に横たわり、
死の床でその残り火は燃え尽きるほかなく、
慈しみ育ててくれたものとともに消えるくその時。
 それを見定めたきみの愛はいっそう強いものとなり、
 永の別れを告げゆく者を深く愛するだろう 

 引用は小説中に引用された詩(ソネット

 

16 一九八四年

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 

 

 「たいへんなことが起こっている!」と驚いて、怖くて、震えて、「だれか気づいていますか、見えていますか、聞こえていますか」問いたくなるのは人間の性のようです。大丈夫。現実は事件ではありません。少なくとも、初めてではない。そんな安心をくれる小説。

 

15 熊の敷石

 

熊の敷石 (講談社文庫)

熊の敷石 (講談社文庫)

 

 

読み返してもいい。選び抜かれた言葉による文章の美しさはリズムを超える。リズムは時間の仲間だ。読み返さないのは、もう風景になってしまっているから。カマンベールチーズ、消える足跡、残る砂、クマのヌヌルスと少年、取り残された柵の中、迎えに来てくれるんだろう、そうだろう、まさか隠しおいてそのままなんてことは、歴史、血、目、熊は両義性の意義を知らない。

 

小さい頃から友人がかわいがってきたその娘には、はじめて教会での結婚式に参列したとき、幸福かつ厳粛な沈黙のなかで隣にいた母親に「司祭さんて信者なの?」と尋ねたという武勇伝がある。姉夫婦といっしょに暮している叔父の身の上を庇護者よろしく気に病み、「みんなカップルなのに、どうしておじちゃんだけひとりなの」と顔を合わせるたびに繰り返していた彼女は、ついに待望の恋人を紹介されるや、「おじちゃん、このひとのお腹が出ているにもかかわらず、立派な進歩だわよ」と奇妙な語法で言い放ち、この天性のパフォーマンスによって同席していた太り気味の恋人を一瞬凍りつかせ、しかるのちに大笑いさせたのである。

 

14 悪童日記

 

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

 

 

ザ・ロード」はだれかが超えたがっている。ミステリ、SF、純文学、どの時代のどこの言葉で書かれたどんな結末の小説を読んでも、比べる気はない、著者も越えようなどとは思っていないだろうにも関わらず、振り返って、「越えられていない」と思わせる、呪いの一冊。小説という表現に結末も正解もないはずですが、「悪童日記」のもたらした衝撃は文学の領域の真ん中に居座っています。

 

これらの言葉を、ぼくらは忘れなくてはならない。なぜなら、今では誰一人、同じたぐいの言葉をかけてはくれないし、それに、これらの言葉の思い出は切なすぎて、この先、とうてい胸に秘めてはいけないからだ。 
そこでぼくらは、また別のやり方で、練習を再開する。
ぼくらは言う。
「私の愛しい子!最愛の子!大好きよ……けっして離れないわ……かけがえのない私の子……永遠に……私の人生のすべて……」
いく度も繰り返されて、言葉は少しずつ意味を失い、言葉のもたらす痛みも和(やわ)らぐ。

 

13 結婚式のメンバー

 

結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)

 

 

だ い す き

 

悲しみよこんにちは」が「少女」の物語であったのに対して、ここにいるのは「フランキー」、ひとり、「F・ジャスミン」なのです。小説をお話にすることはひとつの有効な手段であって、受け入れられてきた作品も多くあるのでしょう。わたしはFを愛したい。たぶんFしか愛せない。システムや概念を見定め、愛するには、わたしの目は足りない。

 

「きれいな蝶々だね」と彼は言った。「みんな中に入ろうとしている」

 

12 スティル・ライフ

 

スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)

 

 

先に出会ったから「デミアン*7」ではなかったのだと思っていました。ちがうのかもしれません。わたしの目は卵の殻の内側では機能せず、ゆりかごを失う危険を冒しながら揺れ、交わる外部との一瞬の音、音によってわたしが存在していると考えることしかできない。世界がなければわたしを顧みることができないことは現実をわたしであると答えたわたしの中の最大の矛盾。ここにわたしの限界がありそうです。見えず、触れられず、答えられず、それでも知り語り考えられるように、雪を知らずに雪を見つけられるように、いつかなれるだろうか。

 

11 えーえんとくちから

 

えーえんとくちから 笹井宏之作品集

えーえんとくちから 笹井宏之作品集

 

 

初めて経験した詩、わたしは彼に破られた。

短歌は印象「生もの」です。わたしたちはラベルし、取り扱い、消費しています。詩という領域は実験であっても、存在を稼働するシステムを実験にしてしまうと、五年後、十年、五十年後、いったいなにが残っているのでしょう。わたしは短歌が好きだから、なくなってほしくないなあと思っています。
普段読書をしない人には穂村弘*8を薦めます。殴られてください。本が好きな人は堂園昌彦*9、引き裂かれてください。傷跡を残されて、いっぱい。詩と哲学ルールが機能しないくらいの。

 

えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい

 

10 ソラリス

 

 

蛇口から滴る滴はあなたを知ろうとしていますか、寄せる白波はあなたに語りかけていますか。

恋愛小説は読みません。「ソラリス」に描かれたものではや頭はいっぱいなのでした。

 

9 風立ちぬ

 

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

 

 

「ねこに未来はない」と同じくロマンチックすぎるきらいがありますが、ロマンは男女ではなく、関係ではなく、詩、言葉にあるようです。どうにも捨てられません。

 

何か黒い小さなものがその屋根の頂からころころと転がって来ては、庇(ひさし)のところから急に小石のように墜落(ついらく)して行くのだった。しばらく間を置いては又それをやっている。私は何だろうと思って、目を細くしながら見まもっていた。 

 

8 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

 

 

 村上春樹を知りません。「ノルウェイの森*10」は図書室にありました。「風の歌を聴け*11」を事件だとさわぐ人には出会ったことがありません。中学の時に「海辺のカフカ*12」文庫が出て、英語の先生と競い合うようにして読んだものです。わたしは先生を出し抜いた。若かった。わたしは村上春樹の出現を知らない。彼が生きている時代に生まれ、作っている世界で目を開き、評価されている文学の丘で彼以外の小説を読んでいる。いま十代を過ごしている子どもたち、これから生まれてくる子どもたちは、村上春樹の翻訳でアメリカ文学を知るのかもしれません。遠い声、彼を好きな大人、嫌いな大人が話している言葉は、わたしの知らない言葉なのでした。

 

人はそれを絶望と呼ばねばならないのだろうか? 

 

7 タタール人の砂漠

 

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

 

 

男が生きて死んでいく物語が好きなようです。その後ろで咲く花などが、大好きなようです。

 

それは古い木の板の中にも生命への執拗な愛惜が呼び覚まされる時なのだ。遠い昔の、幸せな日々には、若々しい熱と力が流れ、枝からは無数の芽が萌え出ていたのだ。それから、木は切り倒された。そして春が巡って来た今、ごくかすかに、生命の脈動が蘇ってきたのだ。
昔は葉や花が、そして今はそのおぼろな思い出だけが軋み音となって蘇り、それっきりまた次の年まで眠りにつくのだ。 

 

6 中継ステーション

 

 

この命と引き換えに残せるならば選ぶと決めています。

 

5 カフカ短篇集

 

カフカ短篇集 (岩波文庫)

カフカ短篇集 (岩波文庫)

 

 

カフカを読むと泣いてしまいます。林檎、妹の学費、階段の子どもたち、カーテン、老婆、ぼくはアメリカに捨てられに行く。ちっとも笑えない。なんにもおかしくない。こんなに悲しいことってない。オドラデクなんて言われた日には、「うわあああん」、心が引き裂かれそうになります。どこかにキーがある。おそらくわたしはカフカを喜劇と呼べるようにはならない。キーは時間ではない、経験の問題でもない。わたしという存在を保つコア、そのいわば色のようなものが、カフカを娯楽や素材に出来る心とは異なっているのでしょう。ただ変異、あるいは神さまの筆のもういっぽん、予備、それだけのこと。

ゆいいつ、くすくす、笑えて、ときどき思い出して、ららん、るらん、ひとり小躍り、跳ねる真似なんてしてしまう、もちろんだれも見ていないだれも知らない夜などに、「中年ひとり者ブルームフェルト」、好きです。くす、くすくす。

 

4 遠い声遠い部屋

 

遠い声遠い部屋 (新潮文庫)

遠い声遠い部屋 (新潮文庫)

 

 

恋はしない方がいい。作者不明は最高の喜びです。本のみを読み、文章のみを追い、言葉だけに裂かれたい。しかし、恋は穴ですので、落ちてしまうのですね。トルーマン・カポーティ、わたしはぜっさんあなたに恋をしています。

 

「夜の樹*13」より

ときどき連中がドアのところにきて、ノックをしたり、叫んだり、お願いだからといったりする。それから、連中は、これまで聞いたことがないような歌を歌いはじめた。しかし、ぼくはといえば、ときどき、連中にピアノで一曲弾いてやり、こっちは大いに元気でいることを知らせてやっている。 

 

 この意気。

 

3 所有せざる人々

 

所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF)

所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

要素詰込系SFです。男女、社会主義、母と息子、研究者の人生、恋、性交、表現する者、表現するということ、与えられ、奪われ、生産、不足、風、夜、灯り、運ばれて、星間、革命、失われ、生まれる命、旅の始まり、旅、旅の終り。ねえ、生きていくって、生きているって、こんなにも奇跡で、たくましくて、綿密な物語なのに、ねえ、どうして気づいてしまわないの。あなたは物語だと、わたしが物語だと、なぜ知ることができないの。

いまのところ、傍に置いています。ずっとそうしたいけれど、そうはしたくない。わたしになりたい。その時手放して、あなたに繋ぎたい。

 

個々の人間の孤独を容認すること、その孤独のみが自由をも超越することを教えることができなかった。 

 

2 麦ふみクーツェ

 

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

 

 

だれにでもわかることばで希望の話をできますか。もちろんできる。わたしにもあなたにも。その声の、

 ちいさいおおきいは、距離のもんだい。

 なのです。

クーツェはでもね、あなたにお勧めはできません。ここにいるよ、なんて言えません。そんなふうに出会わせても仕方がないのです。見つけに行くのではなく、与えられるのでもなく、やってくるのを待つしかありません。読書がここにある。わたしたちはだれのためでもなく、自分自身、意識の外側(あるいは内側)に気づきたい、ずっと、知りたいどうしても、なんとしても、わたしを見つけたい。読書はキーなのです。答はすでにある、隠れている、わたしの中に。宿主に似て恥ずかしがり屋なのです。

 

「ムーン・パレス*14」より引用

 ほとんど想像しがたいことに思えたが、何もかもが徐々に変化を重ね、いまや世界だけで十分になっていたのである。

 

その時まで問いつづけたい。だれかの書いた小説を通じて、わたしの知らない言葉でならば、わたしは応えるかもしれない。

 

1 伊藤計劃記録

 

伊藤計劃記録 I (ハヤカワ文庫JA)

伊藤計劃記録 I (ハヤカワ文庫JA)

 

 

わたしのすべてを変えたひと。大袈裟かな。だけど、いまここにいる25歳のわたしはそう思っています。ちっぽけで幻みたいな「わたし」は、ここにいるわたしを信じているわたしは、彼に見つけられ、信じられた。彼が語り継いだのは彼ではない、わたしなのです。

 

そうしてまもられていく。

 

 

以上、25歳のわたしが選んだオールタイムベスト小説30冊でした。時間が存在するとひとまず信じて、いまのわたし、いままでのわたしがどきどきした作品を並べて、少しだけ言葉に変えてわたしを残しておきたかった。やってみるまで知りませんでした、リストを作る(選ぶ)のってたいへんなのですね。50冊だとわたしが丸裸になってしまいそうだし、少ないと、みんながよく言う名作を並べるだけになってしまう。30冊。ああ、この30冊ですら読み足りません。もっともっと読みたい。知りたい。足りないってことを思い知らされつづけたい。
引用をたくさんしてみました。きっかけになって、読んでみようかな、そう思ってもらえたら嬉しいです。ほんとにそうなったら、喜びよりも困惑が勝りそうです。わたしもまもれたのでしょうか、だれか、わたしによく似ただれかを。

SF好きなのですが、なんとなく準備ができたような気がして、海外文学という領域に、ひたひた、恐る恐る、でも内心はどきどきどきしゃぎながら、向かおうと思います。広いからなあ。迷子になっちゃうかもなあ。でも迷子になるってことは、ひとりぼっちになるってことは、どういうことかしら。なぜわくわくしているの、この心臓はだれの、だれがだれを見つけてどこで、いつ、いま、ここで。どきどき、くすくす。

 

みなさん、すてきな秋をお過ごしくださいませ。ときどき本なんかも読んだり、眺めたり、食べたり、愛したりしてね。

 

2017年10月 秋雨の靄が空になっている夢のような午後 ぴかぴか

 

番外編 夢の遠近法

 

 

だれかが待っている。必要としている。この本が埋める穴があり、切り開く膜があり、編み上げる言葉ある、そんな気がしている。
あなたがどこにいるのかわからない。
だから読む。読み続ける。いつかあなたの手にこの一冊が届くまでわたしが守る。

 

コトバがひとつ吹き込まれるたびに、私たちの脚は重くなる。私たちとて踊り子の端くれ、コトバのない世界の縁を、爪立って踊ってみたい気があったのだ 

 

 

*1:ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアたったひとつの冴えたやりかた浅倉久志 ハヤカワSF文庫 1987.10

*2:共同訳聖書実行委員会『聖書 新共同訳』日本聖書協会 1987,1988

*3:『銃』中村文則 河出文庫 2012.7

*4:ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編』村上春樹 新潮文庫 1997.9

*5:『魚のように』中脇初枝 新潮文庫 2015.7

*6:『図書館の魔女 第一巻』高田大介 講談社文庫 2016.4

*7:ヘルマン・ヘッセデミアン高橋健二 新潮文庫 1951.12

*8:『シンジゲート』穂村弘 沖積舎 2006.12

*9:『やがて秋茄子へと至る』堂園昌彦 港の人 2013.9

*10:ノルウェイの森村上春樹 講談社文庫 2004.9

*11:風の歌を聴け村上春樹 講談社文庫 2004.9

*12:海辺のカフカ村上春樹 新潮文庫 2005.3

*13:トルーマン・カポーティ『夜の樹』川本三郎 新潮文庫 1994.3

*14:ポール・オースター『ムーン・パレス』柴田元幸 新潮文庫 1997.9

ひとがほんとうはいるということ 「お家賃ですけど/能町みね子」

 

牛込の加寿子(かずこ)荘を加寿子荘と呼んでいるのは私だけで、それもこっそり呼んでいるだけのこと、加寿子荘には本名がない。不動産屋で紹介を受けたときには、「坂井荘」と聞いていた。でも、実際に来てみると建物のどこにも「坂井荘」とは書いていない。「坂井」「坂井定吉」という二つの表札だけがあってアパートらしき様子もなく、どう見てもただの「坂井さんち」です。

 

加寿子荘で暮らす著者がつづる、ちいさな日常。仕事の話、加寿子荘の"二階奥"と"二階手前"、家族、季節、後半体調不良。

本書の魅力は、語り口のしずかさにあります。

けっして、すべてを説明しないのは、読み手に承認を求めた文章ではないからでしょう。

だからこそ、気持は吸い寄せられていきます。

 

なにしろ初めての体験だから、いろいろな意味でちゃんと噛みくだいておかないといけない。噛みきれないのも分かっているけど。

 

ほんとうにひとがいる、ということ。

 

加寿子荘で暮らす人、性転換手術をした人、日常を綴る人、生きている人が、ここにいます、ほんとうに。

 

すっごいひとばかり、ぶんなぐってくる物語ばかり知って知って知っても、やっぱり、ちゃんといるのです。

わたしもあなたも、それぞれの現実と時間を生きているのです。

 

孤独なひとにおすすめしたい、エッセイ集です。

 

お家賃ですけど (文春文庫)

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